スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【Pino】10-10完結編

10「老人の涙」

 札幌の街が一望できる藻岩山の中腹に位置するホスピス。
医者の手を離れた患者が余生を穏やかに過ごす為だけに存在する施設。
ひとりの中年男性が少ない余生を過ごすために選んだところだった。

 早朝、介護士の相木が部屋を訪れた。

「西村さん、おはようございます。体調はどうですか?トイレは
行かれました?体温を測りますね」

かるい黄疸症状のある西村の顔が微笑んだ「おはよう相木ちゃん。うん今日は
なんだか調子がいいよ、久々に良い夢を視たしね・・・」

「そうですか・・・それは良かったですね・・・で・どんな夢でした?
聞かせていただいてもいいですか?」

西村は窓から街並みを眺め呟くように「うん・・・俺って若い頃は
やんちゃばっかりの半端者だったんだ・・・」

「へ~~そうなんだ・・・西村さんヤンキーだったんですか・・・」

「大きな悪事する勇気もねえ、ただの中途半端な大バカ者さあ・・アハハ」

体温計を差し出し「で?どんな夢でした?」

「母親が優しい顔でラーメンを出してくれる夢なんだ」

「え??ラ・ラーメンですか・・・?」

「そう・・・たかがラーメン、なんの飾り気もないどこにでも普通にある
醤油味のラーメンさ・・でも、俺にとってはこの世で唯一絶対の安らぎの
味なんだ。デパートの大衆食堂のただの普通のラーメン・・・

母親は無言なんだけど『いつもすまないねぇ・・・あんな父さんと一緒に
なったばっかりに・・・母さんが悪いんだ・・・ごめんね』子供ながらに
俺にはそう聞こえるんだ」

「唯一絶対ですか?」

「そう、俺の父親はろくすぽ働かねえ、昼間っから家で酒飲んで
酔っぱらっているようなグータラ男の基本のようなおやじでよ。
母親ばかり働らかせ、思うようにいかないとすぐに機嫌が悪くなるバカ親父さ・・・

それだけじゃねえ、俺は父親から虐待されてたんだ。年中から年中
身体中アザだらけよ。顔は殴らねえから友達や先生達は知らねんだ。
あの酔っぱらい親父なりに殴り方をちゃんと考えてるよ・・・

殴られた時は決まって母親の働くデパートの大衆食堂に逃げ込んだよ。
そんな俺の顔を見て察した母親は黙って・・・ラーメンを俺の前に
置いてくれたんだ。逃げ込んだ時はいつも・・・いつもさ・・・

中学校に入ってから俺も素行が悪くなりはじめ、一応高校に進学したが
中途退学して家を飛び出し、札幌で大工の見習いをしながら暴走族に
入ったんだ。何度も警察の世話になったよ。

その頃知り合った彼女と結婚してすぐに父親になったんだ。

俺は、てめえの父親みたいには絶対ならねえと心に決めてたんだけどな・・・
子供が小学校に入った頃、勤めていた工務店を喧嘩して辞めたんだ。
どういうわけか・・・それから家で酒を飲んで暴れるようになっちまった。

気がついたら一番嫌いなあの親父と同じことを俺の息子にしてたんだ・・・
この世で一番嫌いで軽蔑する・・・あのオヤジとこの俺が一緒だったんだ」

西村の目から涙が頬を伝わって落ちた。

「そうですか・・・」

「俺も、最期は遺体の引き取り手がない、ただのオヤジで終わりそうだ」

「そんな寂しいこと言わないでください・・・」

「悪いね朝から嫌な話し聞かせてしまって・・・すまないね・・・」

「いえ・・・わたしが思い出させたみたいで・・・すみません・・・」


 「それはそうと、この施設に来てひとつ気がついたことがあるんだけど
聞いていいかい?」

「なんでしょう?わたしで分かることでしたら・・・」

「ここに来て2月経つけど、何十名もの患者さんがここに入所するよね。
そういう人がさっ最初は険しい顔してたり、また魂が抜けたような人
だったりっていう印象なんだけど・・・
それがひと月も経たないうちにみんな穏やかな良い顔っていうか
優しそうな仏さんのような顔にも見えるんだけど・・・
俺の気のせいかな?相木ちゃんどう思う?」

「よく見てますね・・・そうなんです。そのとおりなんです。
わたしも途中で気がついて先輩に同じこと聞いたことありました。
この現象はここだけのことではなく、このような施設や死刑宣告された
服役中の方にみられるみたいです」

「死が近くにある人ってことかい?」

「その先輩いわく、死の宣告された方は三つの大きな壁に直面するようです。
一の壁、
余命を宣告された人は、とにかく絶望とい谷に落ちるようです。
人間のいちばんの問題は死。その死を突きつけられると、今まで培った全て
が音を立てて崩れ落ちるようです。ひと言で言うと『絶望』の意識状態。

二の壁、
一の壁を乗り越えた頃から、助かろうとする意識に変わるみたいです。
良いと云われる薬・医者・病院などとにかく模索して実行する。でも、
それもかなわぬと知る時が来ます。死以外の道はないと悟ります。

三の壁、
二の壁を越えた辺りから自分には死しかないと穏やかな気持ちで受け
入れます。死の超越です。そうなると恐れや迷いといった心が動揺する
ことがなくなります。逆にお見舞いに来た人を慰めるくらいの心のゆとり
までみせて見舞客の涙をそそります。

このような死までの心理状態の壁を『三つの大きな壁』と表現してるようです」

西村は「やはりそうか・・・」呟いた。

それから数日後西村が「相木ちゃん、頼みがあるんだが」

「はい、なんでしょう?」

「おれさ・・はやく元気になってさ・・ラーメン・・食いてぇ・・・
ただの素朴なラーメン・・・」

「分かりました。この相木がご馳走させていただきます。チャーシューと
玉子はどうしますか?」

西村は「チャーシューはいらねえ・・・海苔一枚あればいい・・・約束だよ」

「任せてください」相木は力一杯の笑みを浮かべた。

そして最期の時が来た。

「母さん・・・このラーメンとっても美味しい・・・ありがとう!

僕、父さんのことなんとも思ってないからね、気にしないでね・・・」

それが西村最後の言葉に・・・
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。